東京地方裁判所 昭和42年(モ)24340号 決定 1968年1月26日
申立人 更生会社サンウエーブ工業株式会社管財人 児玉俊二郎
被申立人 柴崎勝男
主文
本件申立てを却下する。
申立費用は、申立人の負担とする。
理由
本件申立ての趣旨および理由は、別紙記載のとおりである。
ところで、本件保全権利目録<省略>記載の権利すなわち、被申立人が更生会社の債務のため設定した抵当権の目的物たる不動産につき将来抵当権の実行がなされ被申立人がその所有権を失つたときなどに(会社更生法第一一〇条第二項第三項により)取得することあるべき更生債権または更生担保権(本件更生事件については未確定ながら更生計画認可の決定がなされているので計画の定めに従い変更された権利というべきであるが、以下便宜上更生債権または更生担保権という。)につきその譲渡、質入等の処分の禁止を求める理由として、申立人は、被申立人が将来取得することあるべき更生債権または更生担保権を第三者に譲渡、質入等をして申立人に対する通知の対抗要件を備えると、右譲渡、質入等の通知当時においては、被申立人が更生債権または更生担保権を取得していないので、それまでに相殺可能な状態にあつたといえないから、将来更生債権または更生担保権の取得原因が発生し第三者が被申立人の取得すべきであつた右権利を取得した後において、申立人がその第三者に対し、被申立人に対して有する反対債権による相殺をもつて対抗できなくなる、と主張している。
しかし、被申立人が将来取得することあるべき更生債権または更生担保権(被申立人はいわゆる期待権を有するものと解せられる。)を第三者に譲渡、質入した場合、右譲渡通知当時においては被申立人が更生債権または更生担保権を取得していないので、申立人が第三者に対し、被申立人に対して有する反対債権による相殺をもつて対抗できないとしても、目的不動産につき抵当権実行によつて被申立人がその所有権を喪失するなど更生債権または更生担保権の取得事由が発生したときには申立人は第三者に対し被申立人に対して有する反対債権による相殺をもつて対抗できると解すべきである。けだし、将来取得することあるべき更生債権または更生担保権を第三者に譲渡、質入した場合、右権利取得事由発生と同時に第三者がその権利を取得するけれども、その権利移転経過については、被申立人が現在右権利を有する場合にこれを他に譲渡、質入したときと別異に解すべき理由はなく、論理的法律的には、その取得事由発生と同時に第三者が被申立人を経由してその権利を取得するものというべきであるから、将来取得することあるべき更生債権または更生担保権を譲渡、質入する場合、その譲渡、質入の方法はもちろん、その取得事由が発生した場合における効果も現在有する債権を譲渡、質入する場合と同様に解すべきところ、元来被申立人より権利を取得する第三者は被申立人の有する権利以上のものを取得するものでなく、また民法第四六八条第二項の法意からみても、将来取得することあるべき更生債権または更生担保権につきその取得事由が発生したときには、申立人は被申立人に対し、被申立人に対して有する反対債権による相殺をもつて対抗できることあきらかである(本件で問題となる自働債権および受働債権は、後者につきその取得事由が発生していないという点を除いて相殺を妨げる事由は見当らない。)以上、被申立人が将来取得することあるべき更生債権または更生担保権を第三者に譲渡、質入してその通知を完了した場合においても、更生債権または更生担保権の取得事由が発生したときに相殺をもつて対抗できるという申立人の地位に変動を生ぜしめるべき理由はなく、申立人は第三者に対し、被申立人に対して有する反対債権による相殺をもつて対抗できるものというべきであるからである。
もし、右譲渡、質入がなかつた場合には更生債権または更生担保権の取得事由が発生したときに被申立人に相殺をもつて対抗できるのに、右譲渡、質入があつた場合には第三者に相殺をもつて対抗できないとすれば、被申立人の将来取得することあるべき更生債権または更生担保権はその譲渡、質入によりそれ以前の権利よりも強大な権利となる反面、債務者である申立人ははなはだしい不利益を受け、債権が譲渡されることによつて債務者がより不利な地位に立たないことを企図する民法第四六八条第二項の趣旨を没却することになるものといわなければならない。
そうすると、被申立人の取得することあるべき更生債権または更生担保権の譲渡、質入の禁止を求める必要事由として、その譲渡、質入がなされた場合に、第三者に対し被申立人に対して有する反対債権による相殺をもつて対抗でなくなるという申立人の主張は採用できないし、なお取立てその他一切の処分禁止を求める必要事由につき他に格別の主張も疎明もないから、本件保全処分の申立ては保全の必要がないものとして却下すべきである。
そこで、主文のとおり決定する。
(裁判官 位野木益雄 篠原幾馬 柴田保幸)
(別紙)
申立の趣旨
被申立人は別紙保全権利目録記載の債権につき、売買譲渡、質権の設定、取立その他一切の処分をしてはならない、との保全処分を求める。
申立の理由
一、申立人は申立外更生会社サンウエーブ工業株式会社(以下更生会社という。)の管財人であるが(御庁昭和三九年(ミ)第三三号会社更生事件)、被申立人が更生会社および更生会社に吸収合併されるまでの申立外サンウエーブ工業株式会社(以下、旧サンウエーブという。)の代表取締役在任中に各会社に与えた損害額につき、御庁に対し会社更生法第七二条により、損害賠償請求権の査定を申立てた(御庁昭和四〇年(モ)第一八、八五六号損害賠償請求権査定申立事件)。
これに対し、御庁から昭和四一年一二月二三日付決定により、更生会社の被申立人に対する損害賠償請求権の額を金九三六、一八四、三二三円也と査定された。
被申立人はこれを不服として昭和四二年一月一九日御庁に対し損害賠償請求権査定に対する異議の訴を提起し、目下係属中である(御庁昭和四二年(ワ)第四六五号損害賠償請求権査定異議訴訟事件)。
二、前記請求権の執行保全のため、被申立人所有の財産で現在までに判明しためぼしいものに対しては申立人の申立によりほとんど保全処分がなされたが、その目的物のうち、主要なものは御庁昭和四〇年(モ)第五、七二八号保全処分申立事件により処分禁止を命ぜられた別紙保全権利目録記載の不動産である。
そしてその保全処分申立書に記載したとおり、右不動産は現在のところでは多額の抵当権(更生会社の債務のための抵当権を含めて)を負担し、不動産そのものとしての価値は少ないと思われる。しかし被申立人は物上保証人として更生会社に対し将来行うことがある求償権を有するので、将来更生会社の債務のための抵当権が債権者によつて実行せられ、被申立人が更生会社に代つて弁済したときは会社更生法第一一〇条によりその弁済の割合に応じて各債権者の有する更生債権または更生担保権を取得するが、これは申立人にとつて重要なる相殺財源となるものである。
しかるに、申立人がこれを相殺の反対債権とすることを不可能ならしめるため、被申立人が何等かの手段に出ないかを申立人は監視していたものであるが、果して被申立人は今般これを実行に移し始めるに至つた。
三、すなわち、更生会社が申立外株式会社平和相互銀行に対して負担する債務につき、被申立人はかねてその所有する別紙保全権利目録記載の不動産のうち、1.(サ)および2.(オ)の各物件を担保として提供し、昭和三五年七月二五日債権元本極度額金二〇、〇〇〇、〇〇〇円也の根抵当権を設定し、さらに同三九年三月一八日債権元本極度額を金七〇、〇〇〇、〇〇〇円也に増額した。
同銀行は今回右根抵当権を実行し(御庁昭和四一年(ケ)第二七四号不動産競売事件)、昭和四二年一〇月一三日の競売期日において金一五、一八九、〇〇〇円也にて競落された(競落人は申立人である。)。
同日競落人から右競落代金の一割に相当する保証金が納付され、残代金の支払期日は未定であるが、近く決定される模様である。もし支払期日に競落人が残代金を支払えば不動産の所有権は被申立人から競落人に移転するので、即日被申立人は代位弁済したこととなり申立人に対し競落価額相当額の求償権が発生する。したがつて被申立人は平和相互銀行が申立人に対して有した更生担保権を取得することとなるのである。
四、右更生担保権は前記のとおり将来更生会社の被申立人に対する第一項記載の損害賠償請求権の額が確定したとき重要なる相殺財源となるものと思料される。
しかるに、被申立人は右将来取得するべき更生担保権を他に譲渡して申立人による相殺を妨害しようとしている。
すなわち、被申立人は申立人に対し、昭和四二年一〇月一三日付債権譲渡通知書と題する内容証明郵便により、「貴殿(註、申立人)に対して生じた金一五、一八九、〇〇〇円の求償債権」を申立外佐野武文、同本多幸映、同斉藤慎一および同石井孝三郎の四名に譲渡する旨意思表示をなした。これは右将来取得するべき更生担保権の譲渡を企図したものと推測される。
しかし、右債権譲渡の意思表示は次の理由により無効である。
(1) 、まず右内容証明郵便には「貴殿(註、申立人)に対して生じた金一五、一八九、〇〇〇円の求償債権」を譲渡する旨記載されており、更生担保権とは記載されていないし、かつ、右更生担保権は競落人の残代金支払いにより現実化するもので、現在においては将来取得するべき更生担保権であることは明らかであるから、右債権譲渡の意思表示は将来取得するべき更生担保権譲渡の意思表示としては無効である。
(2) 、仮りにそうでないとしても、右債権譲渡の意思表示は仮装譲渡であるから無効である。被申立人の従来の態度からして申立人による相殺を妨害するための工作であることは明らかであり、真実に譲渡の意思があるとは見えない。
五、以上のとおり、被申立人が将来取得するべき更生債権または更生担保権を万一、第三者に譲渡すると、近い将来において右更生債権または更生担保権が現実に取得された後、申立人が第三取得者に対し、相殺を以つて対抗することが不能となるので、今のうちにこれの売買譲渡、質権の設定、取立その他一切の処分を禁止するための保全処分を得る必要が生じた。
したがつて既に保全処分を得ている前記不動産につき、債権者が抵当権を実行することにより、被申立人が更生会社に対して将来取得するべき更生債権または更生担保権はこれを譲渡等一切の処分をしないよう保全処分を命ぜられたく、本申請に及ぶ次第である。